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香港コンベンション&エキシビジョンセンター

香港島の対岸やや右に、カモメが羽を広げているような形で海上に突き出す姿が、ヴィクトリア・ハーバーのシンボルとなっている香港コンベンションとエキジビションセンターです。この場所で1997年7月1日のイギリスから中国への香港返還と香港特別行政区設立を記念する式典がありました。
かつて香港は中国でした。しかし過去の歴史(下記)によってイギリスの植民地になってしまいました。

詳しい解説
香港返還が実現した背景を理解するには、まず香港がイギリスにより植民地化された経緯を知る必要がある。まず、1842年の南京条約(第1次アヘン戦争の講和条約)によって香港島が、清朝からイギリスに割譲された。さらに、1860年の北京条約(第二次アヘン戦争(アロー号戦争)の講和条約)によって、九龍半島の南端が割譲された。その後、イギリス領となった2地域の緩 地帯緩衝として新界が注目され、1898年の香港領域拡大協約によって、99年間の租借が決まった。以後、3地域はイギリスの統治下に置かれることとなった。

現在、この施設はビックアーティストのコンサートなど、大きなイベントでもよく使われています。

上記の金色のモニュメントが1997年7月1日の香港返還時に中国から贈られた香港の花「金紫荊」(バウヒニア)です。

この場所で香港が中国へ返還された式典があったことを記念の黄金プレートでもここを訪れる全ての人に紹介しています。

ちょっと香港の言語(広東語)と違う発音だと思ったら、やはり経済発展がめざましい中国本土から大勢の中国人が観光に訪れていました。