忠魂碑
参加者全員で戦没者への黙とうをして二度と戦争をしてはいけない戦争では何も解決しないことを強く思いました。近年までアジアの一部の人達によって日本人戦没者の慰霊碑が壊されたり落書きされていたそうです。その様な事のない様にサイパンの警察や地元のパトロール隊によって日夜警備されています。

ユーチューブで動画が観られます。画像をクリックしてください。
バンザイクリフ(島内観光)

忠魂碑には下記が記されていました。


祖国の悲運に魁けて
無惨にも散り往きし
尽忠の英霊に対し
この碑を建て
萬腔の感謝と尊崇を込め
併せて世界の恒久平和を祈る
 
御製
国のため命ささげし人々の
 ことを思へば胸せまりくる

皇紀二六五二年
     平成四年二月吉日
        荒原朴水撰文

バンザイクリフ へは、急な下り坂のため車イスの方は後ろ向きで介助者と一緒にゆっくりと安全に下っていきます。見学後は逆にきつい上り坂なので、しっかりと水分補給をして介助者は体力温存しておいてください。

バンザイクリフ
サイパンの最北端にある岬で、切り立った断崖から下を眺めると真っ青な海に吸い込まれそうになる。かつてバンザイクリフと呼ばれたのは(現名称はプンタン・サバネタ)、太平洋戦争中、サイパンに上陸したアメリカ軍に追い詰められた日本軍の兵士や一般市民たちが「天皇陛下バンザイ」と叫びながら身を投げたため。その霊を慰めるため、『太平洋の塔』や供養塔も建てられている。

北マリアナ諸島のサイパン島を訪れた天皇と皇后両陛下は、05年6年28日午前(日本時間同)、同島北部にある1974年3月に日本政府が太平洋諸島信託統治地域政府(当時)と合同で建立した「中部太平洋戦没者の碑」に日本から運んだ白菊の花を供えた。

参考資料より

以前は悲劇の場所だったが今では上級者向けのダイビングスポットとして夏の間はダイバーたちで賑わっています。

バンザイクリフまでは一部、舗装整備されていない部分もありますが凹凸に注意すれば車イスで見学することができる様になっています。

切り立った断崖の上には各慰霊碑が横一列に立ち並んでいる。福島県人の戦没者の慰霊碑にガイドさんから御線香をいただき拝んできました。

戦没者殉難者慰霊塔

さる大東亜戦争の時、
日米両軍の戦闘におい
て散華された中部太平
洋戦没殉難者の慰霊の
ために、すべての人が
心を合わせ、この世か
ら争いがなくなること
を祈念し之を建てる。

 平成二十年五月吉日
   念法眞教総本山
     小倉山金剛寺

慰霊塔には上記のとおり記されています。

太平洋之塔(たいへいようのとう)

(手前) DEVOTE YOURSELVES TO THE CREATION OF
      THE PACIFIC GLOBAL ERA
            MARCH 1970 A.D.

(右側・裏) アジア太平洋新時代の
        創造と繁栄を祈願し
        戦没者の霊に捧げる

         昭和45年3月

太平洋之塔には、上記の様に記してある。

サイパン平和観音
平成4年に、太平洋戦争の激戦地、サイパンにおいて多数の民間人(婦女子)が追いつめられ、断崖より飛び下り自決した場所に、慰霊を込めて建立されました。