長野旅行(3日目) 黒部ダムは、富山県東部の立山町を流れる黒部川水系の黒部川に建設された水力電力のダムです。
1956年(昭和31年)に着工し太田垣士郎指揮のもと、171人の殉職者と7年の歳月をかけて、1963年(昭和38年)に完成した。北アルプスの立山連峰と後立山連峰に挟まれた黒部峡谷にある黒部ダムは、黒部川下流域の海に面する黒部市から直線距離で約40キロ南東に位置し、長野県大町市から直線距離で約20キロ西に位置している。黒部ダムの水は平均水温4℃。ダム右岸の取水口から、山中に掘られた導水路(専用トンネル)を通って、約10キロ下流の地下に建設された黒部川第四発電所(黒四)に送られて、ダムとの545mの落差で発電する。この発電所の名称から黒四ダム(くろよんダム)とも呼ばれる。富山県は、北陸電力の事業地域であるが、黒部ダムは関西電力が建設し、発電された電機は関西電力の事業地域に送電されている。黒部ダム建設の経緯は第二次世界大戦後の復興期にさかのぼる。当時、関西地方は深刻な電力不足になり、復興の遅れと慢性的な計画停電が続き、深刻な社会問題となっていた。その打開策として、関西電力は、大正時代から過酷な自然に阻まれ何度も失敗を繰り返した黒部渓谷での水力発電以外に選択肢を見出せず当時、人が行くこと自体困難で命がけだった秘境の地での建設案に、当時の太田垣社長は「黒部しかない」「関西の消費電力を一気に賄える」「後期7年、遅れれば関西の電力は破綻する」と決断し、資本金の3倍(最終的には5倍)の総工費で臨んだ。完成当時、大阪府の電力需要の50%(25万KW)を賄ったことでも知られ、東京に追いつくべく産業も重工業への転換がようやく可能になった。

参考資料より参照

@ 偶然にも「佐々成政おもてなし武将隊」の演武の後に記念撮影してもらいました!
A 展望台へはこの階段を上って行きます!
B 標高1,508m地点にある黒部ダム展望台休憩所
C 展望台からは黒部ダムが一望できる
※こちらの写真は2016年8月に個人旅行で黒部ダムを訪れた際の放水
D こちらは2016年8月に個人旅行で黒部ダムを訪れた際に展望台からズームで撮った写真